測光による天の川銀河のモデル

20世紀の初め、天の川銀河の詳細な構造は写真技術を用いた格好の研究対象となりましたが、それ以前は目視による素朴な研究が行われてきました。 Herschel (1785) は、683の領域に対し、彼が「star gauging」と名付けた手法で、各領域で観測できる限界等級のもとで星数を数え上げ、銀河系の形状の決定を試みました。 すべての星が同じ明るさで銀河系内に一様に分布し、かつすべての星を漏れなく観測できていると仮定して、星の空間分布をマッピングしました。 その結果、銀河面方向の広がりが垂直方向の約5倍という扁平な分布が示され、太陽はそのほぼ中心にあると結論づけました。 ただし、星の固有光度に関する情報がなかったため、銀河系の絶対的なサイズは決定できませんでした。

写真乾板から得られる膨大な情報を用いてより洗練されたモデルを構築するために、カプタイン(Jacobus Kapteyn)は200の領域を詳細に調査しました。 さまざまな光度の星の数と、年ごとの見かけの位置の変化(固有運動)を計測・解析するために必要な写真を得るべく、世界中の天文学者と大規模な共同作業を進めました。 さらに、写真乾板に星のスペクトルを記録し、スペクトル型と視線速度(スペクトル線のドップラー偏移)を決定するのに用いました。 固有運動データの解析から、さまざまな光度の星の平均距離を概算し、三次元的な空間分布を推定しました。

この大規模事業から得られた天の川銀河の描像は「カプタインの宇宙」と呼ばれています(Kapteyn & van Rhijn 1920; Kapteyn 1922)。 これは、長軸が短軸のおよそ5倍という扁平な分布を示し、太陽はそのほぼ中心にあるというハーシェルの結果を支持するものでした。 さらに、星の密度が中心からの距離に従って減少していくことも示しました。 固有運動データから、星の密度が半分になるのは長軸方向(銀河面)で中心から800パーセク(pc)の距離(垂直方向ではその5分の1の150 pc)であると結論づけ、銀河系のサイズを初めて導出しました。 密度が10%になるのは2800 pc、1%になるのは8500 pcとなります。

また、太陽は銀河の中心から約650 pcの距離の、わずかに銀河面から外れた位置にあることが示されました。 カプタインの宇宙では、中心から700 pc以内に存在する恒星は全体の10%未満にすぎず、太陽がこれほど中心近くにあるのは統計的に不自然です。 カプタイン自身、このデータには別の解釈があり得ることを承知していました。 もし星々の間になんらかの吸収物質が存在すれば、遠方の星からの光は吸収により減光します。 それを距離の効果だと誤解すると、星は実際より遠方にあると見積もられ、全方向で星の数密度が系統的に減少しているように見えます。 この影響が大きければ、実際の星の分布に関係なく、見かけ上は太陽が銀河中心近くにあるように見えてしまいます。

天の川の中心に沿う暗黒帯は肉眼でもはっきり見え、写真では多くの暗黒星雲がくっきりと写ります。 微かな星すら見えないこれらの暗黒星雲を、まったく星のない空洞だと解釈できるのは、銀河の端まで一直線に延びるトンネル状の空隙である場合に限られます。 それよりも、なんらかの吸収物質の雲が天体からの光を遮蔽していると考える方が、はるかに無理のない説明です。

吸収がどれほど重要かを評価するため、カプタインは遮蔽の原因となる物理過程の理解に努めました。 当時、光が原子・分子によるレイリー散乱で散乱されることはよく知られていました。 もし星間空間がガスで満たされていれば、遠方の星から来る光は視線から外れる方向へランダムに散乱され、星の見かけの明るさはかなり暗くなります。 よって、レイリー散乱は天の川の見かけの減光を引き起こす過程として有力です。 この仮説を検証するにあたり、カプタインはレイリー散乱が赤よりも青い光に対して効きやすいことに注目しました。 星のスペクトルは青が相対的に暗くなると期待されるため、遠方の星はより赤く見えるはずです。 この効果は赤化と呼ばれます。 Kapteyn (1909) では、写真乾板での星の実視等級と目視での測定を比較することで、この効果を測ろうとしました。 写真乾板は人間の目よりも青い光に対する感度が高いため、赤化した遠方の星は目視の方が写真乾板のデータより系統的に明るくなります。 カプタインのデータからはわずかな赤化しか検出できず、吸収の効果は重要ではないと結論づけました。

現在では、遮蔽の主因はレイリー散乱ではなく星間ダストによる吸収であることが知られています。 ダストによる吸収の周波数依存性はレイリー散乱よりもずっと小さく、そのため星の赤化もずっと弱くなります。 スペクトル全体で吸収がより均一であるとすると、カプタインが検出したわずかな赤化は、実際にははるかに大きなダスト吸収に対応します。

天の川銀河におけるダストによる吸収の度合いは、トランプラー (Trumpler 1930) による散開星団、銀河面近くに見つかる数百個程度の星のゆるい集団、の研究によって初めて認識されました。 トランプラーは、散開星団の広がりを計測し、すべて同じサイズであると仮定して距離を見積もり、遠方の星団の星が距離から予想されるよりずっと暗いことを示しました。 その減光超過を説明するために、強い吸収を引き起こす星間媒質が存在することを示しました。 トランプラーの解析によって示された吸収の量は、カプタインの星数えによる解析を完全に反故にするのに十分で、今日では太陽を中心とする天の川銀河のモデルが誤りであることも明らかになっています。

球状星団 M13
球状星団 M13: 2025/07/26 22:07 JST, NIKON D300 + Vixen R-130S D = 130mm, ISO 1600, f = 720 mm, 22 x 60 sec, Super Polaris DX 千葉県市川市

カプタインが解析した時点でも、彼のモデルが間違っていると示唆する証拠がありました。 シャプレー(Harlow Shapley)は、球状星団の詳細な研究に基づき、カプタインの宇宙とは大きく異なる天の川銀河の描像を発表しました(Shapley 1918b; Shapley 1918a; Shapley 1919c; Shapley 1919b; Shapley 1919a)。 天の川の周辺に集中している一般の恒星と異なり、球状星団は空全体に広がって分布しています。 シャプレーは、その分布が天の川の両側ではおよそ同数の星団が存在し対称性を示す一方で、銀経(経度)方向では、天の川で最も明るい射手座の大星雲の方向を中心に著しく集中しており、一様ではないことを示しました。 彼は、$10^4$から$10^6$個の星の集合である質量の大きな球状星団は天の川の主要構成要素であり、系の中心の周りに対称に分布していることが期待されるにもかかわらず、その分布が非対称であるのは、太陽が銀河の中心にないことを示していると主張しました。 さらに、固有光度が既知の変光星の実視等級や、サイズと光度がすべて一定と仮定した球状星団全体の見かけの角サイズと光度を用いて、球状星団までの距離の推定も行いました。 これらの計測から、太陽は球状星団の分布の中心、ひいてはおそらく銀河の中心から約15 kpcの距離にあると結論づけ、球状星団の分布の広がりはおよそ100 kpcにわたっており、カプタインのモデルの約10倍大きいと推定しました。

星間吸収を担うダストは銀河面に集中しており、遠方の星の光は強く減光されるため観測されません。 そのため、一般の恒星の観測では、太陽は比較的小さな分布の中心にいるように見えます。 一方、ほぼ球形に分布している球状星団は銀河面のダストの吸収を受けるのはごく一部で、全体の分布が歪められることはありません。 シャプレーとカプタインの天の川銀河モデルの違いは、星間吸収の影響を考慮すると統一的に解釈できます。 しかし、ダストによる減光の影響が明らかになっていない当時、シャプレー自身は銀河面の1 kpc以内に球状星団が観測されないのは、銀河面近くの強い重力によって元々はあった星団が破壊されてしまったためだとしました。

自身の天の川銀河の描像と、より太陽中心のカプタインの宇宙を統一的に理解するために、シャプレーは、カプタインの結果は太陽近傍を中心とする局所的な星の集中を選択的に解析したものであり、全体の分布の中心は球状星団の分布と同様に約15 kpcの距離にあるとも主張しました。 実際に太陽は、Gould’s Beltと呼ばれる局所的なゆるい星団の中心にあります。 しかしながら、最終的な結論に至るには見かけの星の分布に関しては吸収の影響が支配的であると認識されるのを待つ必要がありました。 ずっと最近になってようやく、Bahcall & Soneira (1980) のような星数え法における減光の影響を数値的に評価できるコンピュータープログラムが開発され、そのようなデータから定量的な議論が可能になりました。

参考文献

  • Binney, J. & Merrifield, M., 1998, Galactic Astronomy, PRINCETON UNIVERSITY PRESS
  • Herschel, W., 1785. Phil. Trans., 75, 213. Herschel’s “star gauging” model of the Milky Way.
  • Kapteyn, J.C. & van Rhijn, P.J., 1920. ApJ, 52, 23. Kapteyn’s model of the Galaxy.
  • Kapteyn, J.C., 1922. ApJ, 55, 302. Kapteyn’s model of the Galaxy.
  • Kapteyn, J.C., 1909. ApJ, 30, 163. Comparison of stars in red and blue light to quantify extinction.
  • Trumpler, R.J., 1930. Lick Obs. Bull., 14, 154. measurement of Galactic extinction from studies of open clusters.
  • Shapley, H., 1918. PASP, 30, 42. Model of the Galaxy.
  • Shapley, H., 1918. ApJ, 48, 154. Model of the Galaxy.
  • Shapley, H., 1919. ApJ, 50, 107. Model of the Galaxy.
  • Shapley, H., 1919. ApJ, 49, 311. Model of the Galaxy.
  • Shapley, H., 1919. ApJ, 49, 249. Model of the Galaxy.
  • Bahcall, J.N. & Soneira, R.M., 1980. ApJS, 44, 73. Star-count models of the Galaxy.

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