銀河研究の近代史 1
写真による観測以前
地平線から昇り、再び地平線へ沈む淡い光の帯――天の川。 その神秘的な姿は古くから人々を魅了し、天の川にまつわる多彩な神話や伝説が生み出されました。 古代ギリシャでは、ゼウスの妻ヘラの胸から流れるミルクの川、すなわちMilky Wayと称され、英語の”Galaxy”という名称もギリシャ語の「ミルク」に由来しています。
1610年、ガリレオが初めて望遠鏡を向け、天の川が肉眼では分解できない多数の星であることが明らかになりました。
18世紀中盤、カント (Immanuel Kant) は著書「General Natural History and Theory of the Heavens」において、太陽に引き寄せられた惑星が公転することでバランスを保つ太陽系が自然と平面状の構造になることを示し、天の川もまた、はるかに大規模な回転する円盤状の恒星系であると推定しました。この円盤の中心面は「銀河面」と呼ばれ、地球から観測すると、円盤状の星々はまるで帯状に連なっているように見えます。また、天体の巨大さから、星々の回転周期は非常に長く、天球上での動きは測定が困難なほど微小であると考えられます。さらに、カントは天の川に加え、いくつかの星雲もまた、遠方に存在する天の川と同様の恒星系、すなわち「島宇宙」である可能性があると提唱しました。限られた観測結果にもかかわらず、彼の鋭い洞察力は称賛に値します。
18世紀後半には、より高性能な望遠鏡による系統的な星雲の研究が行われました。 コメットハンターのメシエ (Charles Messier) が、彗星との見間違いを避けるため、北半球の明るい星雲109個のカタログを編纂しました。 このカタログには、北半球から見える明るい星雲が含まれており、現在でも主な天体はメシエ番号で呼ばれています。 例えば、アンドロメダ大星雲はメシエ31で、通常M31と表記されます。

ウイリアム ハーシェル (William Herschel) と、その妹キャロライン (Caroline) および、息子のジョン (John) は全天を観測し、約5000個の星雲のカタログを作成しました。 いくつかの近傍の星雲を個々の星に分解して観測することができたことから、いまだに分解できていない星雲もより性能の高い望遠鏡で観測すれば、カントの島宇宙の様な星の集まりであることが明らかになるであろうことが推測されました。 また、通常の星の様に見える天体とそれを取り囲むリング状に光る物質からなる惑星状星雲の姿もハーシェルの目を惹き、それらは島宇宙などとは本質的に異なっていると言及しました。 銀河や星団などの恒星系とガス星雲との違いが認識されていたことになります。 実際に星とガスとが定量的に区別されるのためには、19世紀後半のハギンス (William Huggins) の先駆的な星雲のスペクトル観測を待たねばなりませんでした。 ハーシェルのガス星雲と星団、銀河のリストは、19世紀を通じて新しい天体が継続的に追加されていき、1888年にドレイヤー (Dreyer) によって、7840天体を含む New General Catalogueが編纂されました。 その後、さらに5086天体を加えて、Index Catalogue (Dreyer 1895, Dreyer 1908) にまとめられました。 現在ではほとんどの明るい天体には、これらのカタログ名 NGC または IC が名付けられています。
1845年には、第3代ロス伯爵パーソンズ (William Parsons) の口径72インチの巨大望遠鏡が完成しました。 かつて無い開口面積をもつ望遠鏡によるハーシェルのカタログに対する観測で、多くの天体は二つのカテゴリーに分類できることが明らかになりました。 一方は特徴的な構造がなく均等な楕円の分布を示し、他方は不均一で渦巻き状の構造を示します。 渦状星雲のまさしく渦巻きの様な形状は、カントが提唱した垂直な軸を中心に回転している円盤であるという仮説を支持しています。 さらに、ロス卿の望遠鏡は渦状星雲中の個々の点源を分解することができました。 このことは、カントの星雲が多くの個別の光源から成り立っているまさに島宇宙であるということを示唆しています。
19世紀の終わりには、写真技術の天文学への応用で革命が起きました。 写真乾板への長時間露光により、非常に暗い天体を観測することが可能になりました。 さらに、膨大な数の天体を一つのプレートに記録することで、天体の明るさをずっと正確に測定することができるようになりました。 新しい定量的な天文学の誕生です。
参考文献
- Binney J. & Merrifield M., 1998, Galactic Astronomy, PRINSTON UNIVERSITY PRESS
- Drayer, J.L.E., 1888, Mem. Roy. Astron. Soc., 49, 1. The original NGC Catalog.
- Drayer, J.L.E., 1895, Mem. Roy. Astron. Soc., 51, 185. First supplement to the NGC, the IC.
- Drayer, J.L.E., 1908, Mem. Roy. Astron. Soc., 59, 105. Second supplement to the NGC, the IC.